ある土曜日の穏やかな昼下がり、私の平穏な日常は一滴の水滴によって一変しました。リビングで本を読んでいた時、ふと視界に入った天井の隅が不自然に濡れていたのです。最初は見間違いかと思いましたが、瞬く間にシミは広がり、やがてパチャリという音を立てて冷たい水が私の肩に落ちてきました。そこから始まった数ヶ月間は、まさに戦いの日々でした。まずパニックになりながら上階の住人を訪ねましたが、留守。管理会社に電話をしても土曜日で担当者が捕まらず、ようやく繋がった緊急窓口からは、専門業者の到着まで二時間はかかると告げられました。私は家中のバケツとタオルを総動員して、大切な家財が濡れるのを防ごうと必死になりましたが、天井のクロスが大きく膨れ上がって剥がれ落ち、汚水を含んだ石膏ボードの破片がリビングを埋め尽くした時、私はただ呆然と立ち尽くすしかありませんでした。ようやく到着した業者が上階に入り、原因は洗濯機の給水ホースが外れたまま外出していたことだと判明しましたが、本当の苦しみはそこからでした。加害者となった上階の方は非常に申し訳なさそうにしていましたが、金銭的な交渉が始まると態度は一変し、すべてを保険会社に任せると言って直接の対話を避けるようになりました。保険会社の査定は驚くほど厳しく、水浸しになったソファや本棚の時価評価は、買い替え費用には到底及ばない額でした。また、湿気を吸った床材や壁の裏側を完全に乾燥させるため、私の部屋には巨大な除湿機が数台設置され、轟音の中で一ヶ月近く仮住まいのような生活を強いられました。仕事から帰っても、カビ臭い空気と工事の養生シートに囲まれた部屋では全く心が休まりません。最終的に示談が成立し、部屋が元通りになるまでには三ヶ月以上の月日を要しました。この経験で痛感したのは、マンションという密閉された空間で暮らすことの脆さです。加害者への怒り、保険会社との煩雑なやり取り、そして自分の聖域であるはずの家を汚された悲しみ。水漏れは、目に見える被害以上に、住む人の精神を深く削り取ります。もし、日頃から上階の方と挨拶を交わす程度の関係が築けていれば、あるいは自分自身がもっと保険の特約に詳しければ、この戦いはもう少し違った形になっていたのかもしれません。今でも雨の日や、天井から少し音が聞こえるだけで心臓が激しく波打つことがあります。水漏れという事故は、物質的な修復が終わっても、心の傷痕が消えるまでにはさらに長い時間が必要なのです。
天井から水が垂れてきたあの日から始まった私の長い戦い